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2010年7月19日 (月)

その日まで…(2)

『人間はふたつの眼をもっている。』

「火垂るの墓」 野坂 昭如著 新潮社刊。

…と言うよりは、スタジオシブリによってアニメーション映画化された本作の方が有名かも知れない。

私はこの映画をきちんとした形では見ていない。
正確に言えば見ようとしていない。
理由は単純で、自分の涙腺の強度のもろさについて自覚があるからにすぎない。

ただ数年前、出張した時にたまたま点けたテレビで何度目かの再放送がされており、不覚にもこの映画を見入ってしまった。
涙腺の強度は、年を経るにつけてもろさを増すという事を実感した一夜だった。

この作品では、4歳と14歳の兄妹が昭和20年6月5日の神戸大空襲で全てを失う。
映画ではアメリカ空軍の戦略爆撃機B-29が、群れをなして空を圧し、焼夷弾の雨を降らせる。
バケツリレーも防火ハタキも役に立たない。
逃げ惑う人々と赤々と燃え上る神戸の街を背景に、B-29は悠然と焼夷弾を落として行く。

ひどく無機的にアメリカ空軍側の数字を挙げていけば、1945年6月5日神戸空襲の戦闘記録は以下となる。
B-29の「離陸機数531機、投弾機数481機、投下した爆弾トン数3132トン、喪失機数11機、損傷機数176機」
その年の3月9日に行われた東京夜間空襲…いわゆる「東京大空襲」が、「離陸機数334機、投弾機数298機、投下した爆弾トン数1783トン」と比較してもいかに大規模な空襲であったかがわかる。
この空襲で、神戸の街は文字通り焼け野原となり、多くの人々が犠牲となった。

B-29
「超・空の要塞(Superfortress)」というニックネームを持つ当時、最新鋭の戦略爆撃機。
爆撃を受けた人々の憎悪の的となった、この飛行機にも当然の事ながら人が乗っていた。
「エノラ・ゲイ」(広島原爆投下機)や「ボツクスカー」(長崎原爆投下機)の搭乗員達の発言や回顧録は時より、新聞や雑誌に載り物議を醸して来た。
だが、このような特殊なフライト・ミッションを行ったB-29ではなく、通常の日本本土爆撃に参加したB-29の搭乗員達は何を見、何を考えていたのだろう。

「火垂るの墓」に話しを戻すなら清太や節子の頭上には、第21爆撃群・第73爆撃航空団・第499爆撃連隊所属のB-29・V□27号機、愛称「メリー・アン」が29回目の爆撃任務となった25番クルーを乗せて飛行していたはずだ。
B-29の搭乗員達は30回の爆撃ミッションを終えると、任務交替となるというルールがあった。
つまり、25番クルーの11人は、この回を含めてあと2回のミッションで日本本土爆撃という「戦場」から離れることが出来る。
爆弾倉いっぱいに焼夷弾を積載した重い「メリー・アン」を操りながら、操縦士のチェスター・マーシャルは神戸へと向かっていた。

6月5日午前1時サイパンの飛行場を離陸。
午前8時に各機集合し、さらに侵攻して神戸上空で投弾開始。
戦闘中は7機の日本軍戦闘機の攻撃を受けて、そのうち3機を撃墜。
さらに投弾5分後に日本陸軍の三式戦闘機「飛燕」が正面から発砲してくるも、それをかわす。
4基あるエンジンのうち2基を穴だらけにされ、機内に機関砲弾が撃ち込まれるも無事サイパンまで帰還している。
これは「B‐29日本爆撃30回の実録(チェスター・マーシャル著、高木晃治訳)」に記載されているB-29側から見た神戸空襲の様子だ。
ごく普通のB-29搭乗員の回顧録で邦訳されてるのは、これだけではないだろうか。

本を読むと、最初の頃の爆撃行に対するおびえや、体当たりでB-29を撃墜しようとする日本軍戦闘機の恐怖。
そして、撃ち落とされて四散する僚機の様子などの記載が、後半になると次第に少なくなってくる。
爆撃行に慣れたのか、日本軍の抵抗が少なくなったのか、それとも30回の爆撃という作業にのみ没頭しはじめたのか、それはわからない。

ただ、印象に残った言葉がいくつかある。
1945年1月4日
『傍受した東京放送は市民3万人が火災に巻き込まれたと言っている。日本は世界の同情を買おうとしているのだ。むろん搭乗員のわれわれは彼らに同情も何もない』
B-29の搭乗員達にとって、日本本土爆撃は「正義」に他ならない。

1945年3月9日東京大空襲
『私たちは、焼ける人肉やがらくたの異臭に息が詰まる思いをしていたので、ようやく煙から脱して本当にホッとし溜息を大きく吐いた』

1945年4月5日
『もし、目標上空で深刻な事態に陥ったら、燃える市街地に脱出しても生き延びられる可能性はずないので、落下傘をはずしておこうと考えているのだと話した。
脱出して降着でき焼け死なずに済んだとしても、きっと激昂した市民に嬲(なぶ)り殺されるだろうと思うのだ』

眼下の炎の中で何が起きているか、そして炎の中の人々がB-29の搭乗員達にどんな感情を抱いているか、彼らは充分に承知していた。

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